糖尿病について~私の思い出話2~
 私が小学4年生のころに母親が糖尿病と診断され、注射をしたり食事療法をしなければならないようになりました。
 子供の私には糖尿病がどういうものなのか全くわからなかったのですが、母自身も恐ろしい病気だという認識に欠けていたのではないかと思います。最初のうちはカロリー計算をしたり頑張っていましたが次第にいい加減になってしまいました。
 味の濃い料理、揚げ物、お友達を呼んでお菓子を食べておしゃべり、運動は嫌いで家事に疲れるとお昼寝・・・。私もそのような生活環境でしたので子供のころから好き放題に食べて運動もきらいで丸々と太っていました。今も太っていますがなかなか食習慣というのは変えるのは辛いですね・・・。
 
 それでも、しばらくのあいだは母も元気にすごしており、糖尿病だということなどすっかり忘れてしまっているような日が続いていました。大学の入学式にも来てくれて、一緒に電車で帰ったのを覚えています。お化粧をしてスーツを着て、きれいでした。
 大学2年生のころに母が鬱で入院することになりました。そのころ二人の子供は進学のために家を離れており、寂しさとはりあいのなさで落ち込むことが多かったようです。そのときに糖尿病がかなり進行していることが発覚しました。最初の病院を退院してからすぐに別の総合病院に入院。糖尿病を治療しながら食事療法をしっかり身に着けるといういわば教育入院でした。面会に行くといつもお腹を空かせてパンを買ってほしい、ジュースが飲みたいと言って聞きませんでした。かわいそうでしたがお金をわたすことはできません。そうしているうちに突然強制退院を言い渡されました。持っているわずかな持ち物を売って近くの商店で食べ物を買って食べているところを見つかったのだそうです。
こんな勝手なことをするならば病院では責任を持ちきれないということでした。
 家に帰ってからはほとんど父が食事の世話や家事をしていました。インシュリン注射も父が昼休みに帰宅して打っていました。
 母は長い入院で家事をやろうという気力が全くなくなったようでした。糖尿病が進むと強い倦怠感に襲われるのだそうです。そして恐ろしいのは意欲が失われ自分で体調管理をする力も衰えてしまうことです。
 私も学校が休みのとき、就職してからも週に1~2度家に帰り、たまっている洗濯物や掃除、食事の作り置きをしたりしていました。そのときはそれで精一杯だったのですが今から思えば思い切って実家に戻り、もっと体調管理に気を付けてあげるべきだったと後悔しています。まだまだ認識不足でした。

(続く)
 
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